こころ整う
お茶のじかん

和紅茶好きのティーインストラクターによる、「お茶のじかん」をテーマにしたエッセイ。

季節やイベントにあわせたお茶の紹介から、あの日に飲んだ忘れられないお茶の話まで。

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お茶がすき

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Rumi.M

日本紅茶協会認定ティーインストラクター

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人生で初めて飲んだ紅茶は、おそらくミルクティーだった。当時私は高校受験を控えた中学3年生で、両親の都合で東京へ引っ越すことが決まっていた。町に中学校が1つしかなく、ヘアゴムの色まで校則で決まっているような田舎で育った私に、東京の高校は全部まぶしく見えた。その中で制服がなく、校則もほとんどなく、文武両道がウリの都立高校を見学に行き、絶対にそこに入ると決めた。だけど困ったことに、偏差値が足りなかった。

 

地元の高校と都立高校とでは、入試のスケジュールも問題内容もまるで違った。無理言って通わせてもらった隣町の塾では、当然のごとく学力不足を指摘され、志望校への合格は不可能だと言われた。不可能を可能にする青写真を描けないのか。何度目かの面談で、珍しく強い口調で塾長に反論する父の姿と、その日を境に塾をやめたことは今でもよく覚えている。

 

もはや頼れる相手は両親しかいなかった。父は東京に行くたびに都立高校の過去問や参考書を山のように購入し、自ら問題を解いて出題傾向を分析し、私に合格への道筋を見せてくれた。自他ともに認める勉強嫌いの父が、思春期真っただ中のひねくれ娘に勉強を教える。ドラマ化したらそこそこおもしろそうな気もするが、リアルの現場は最悪だ。ただでさえ寒い家の空気が、一段と冷え込んだ。母は勉強には口を出さず、その代わり温かい食べ物や飲み物を用意してくれた。こたつに座椅子をセットし、分厚いはんてんを着込んで、何時間もぶっ通しで過去問を解いた。母がいれてくれる紅茶を飲むひとときが、唯一の楽しみで息抜きだった。

今でもミルクティーを飲むと、その冬のことをぼんやりと思い出す。都会への憧れと、地元を離れる不安、受験勉強への焦り、渦巻くような感情を紅茶と一緒に飲み込んだ。お砂糖とミルクをたっぷり入れた紅茶を飲むと、なぜかホッとして少しだけ前向きな気持ちになれた。なんとか無事に桜が咲いて、あの春からずっと東京で暮らして20年になる。

 

親元を離れて自分でお金を稼ぐようになると、出先のカフェやレストランで紅茶を飲む機会が増えた。誰かが自分のために淹れてくれたお茶は、たとえそれが薄くてもぬるくても、まったく別の次元で美味しい。出産とコロナ渦が重なり気軽に出歩けなくなってからは、自分のために家でお茶を淹れるようになった。初めての子育ては喜びとともに不安があり、コロナに起因する特殊な環境で心は乱高下を繰り返した。一日の始まりに必ずミルクティーを飲む習慣ができたのはその頃だ。どんな日々にも何か一つ変わらない美味しさがあるだけで、人は安心して前向きになれる。そう教えてくれたのは母だった。

 

コロナが少し落ち着いた頃、旅先で出会った和紅茶の美味しさに感動し、紅茶を本格的に勉強すると決めた。ティーインストラクターの資格を取得する過程で、紅茶には多様な香りの成分が含まれていることや、アミノ酸の一種であるテアニンのリラックス効果、さらにカフェインの覚醒作用について学んだ。心や体をゆるめたいときだけでなく、ここぞという頑張り時にも紅茶を飲みたくなるのにはちゃんとした理由があったのだ。紅茶は心のブレーキであると同時にアクセルでもある。心と体を高揚させながら癒し、ちょうどよいバランスに落ち着かせる。それを一言で表すなら「整う」という表現がぴったりだと思うのだ。

私が淹れた紅茶を両親がおいしそうに飲んで、おかわりまでしている。あの冬とは比べ物にならないくらい穏やかな時間が流れる。実家に帰るたびに紅茶を淹れるのは、私なりのささやかな恩返しのつもりだ。ティーインストラクターの資格をとる過程で、自分の淹れたお茶で自分自身を整え、他の人を笑顔にする喜びを知った。香りや味の魅力はもちろんのこと、お茶を淹れる時間の心地よさや、産地や歴史について、お茶は知れば知るほどに面白い。そんなお茶の魅力を伝えたくて「こころ整う、お茶のじかん」の連載をスタートする。

 

どんな連載になるだろう。文章を書く仕事からしばらく離れていたから、読みにくいところもあるかもしれない。ただ、丁寧にお茶を淹れるような気持ちで記事を書きたいと思う。ここで取り上げる和紅茶をはじめとしたお茶を、一緒に飲んでいるような気になっていただけたら嬉しい。

 

そのお茶がいつか誰かにとって、母が私にいれてくれたミルクティーのように、心を前向きに整えるお茶になればなおのこと。

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